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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)220号 判決 1999年6月29日

アメリカ合衆国

ミネソタ州セントポール、3エム センター

原告

ミネソタ マイニング アンド マニュファクチュアリング カンパニー

代表者

テリル ケント コーリー

訴訟代理人弁理士

浅村皓

小池恒明

高松武生

木川幸治

岩井秀生

東京都千代田区丸の内2丁目1番2号

被告

旭硝子株式会社

代表者代表取締役

瀬谷博道

訴訟代理人弁理士

内田明

萩原亮一

安西篤夫

主文

特許庁が平成5年審判第4291号事件について平成8年5月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた裁判

主文第1項同旨の判決。

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「マイクロバブル」とする発明(本件発明)についての特許権者である(本件特許)。本件特許は、1987年1月12日アメリカ合衆国における特許出願に基づく優先権主張により昭和63年1月11日特許出願(特願昭63-3656号)され、平成2年6月15日に出願公告(特公平2-27295号)、平成3年2月19日に特許査定があり、平成3年11月28日特許第1627765号として設定登録されたものである。

被告は、平成5年3月8日、本件特許につき無効審判を請求し、平成5年審判第4291号事件として審理されたが、平成8年5月15日、出訴期間として90日が附加された上、特許第1627765号発明の明細書の請求項第1項ないし第12項に記載された発明についての特許を無効とする、との審決があり、その謄本は平成8年6月5日原告代理人に送達された。

原告は、その後、上記審決の取消しを求める本訴係属中である平成8年10月2日、訂正審判請求をし、平成8年審判第16778号事件として審理され、平成9年7月30日、別紙訂正審決理由のとおりの理由(2頁ないし6頁)により、「本件発明の明細書及び図面を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」との審決(訂正審決)があり、その謄本は、同年9月22日原告代理人に送達され、訂正審決は確定した。

2  本件発明の要旨

(1)  訂正審決による訂正前の特許請求の範囲の記載(第1ないし第4項は、訂正審決の前後で変更はない。)

1  アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物重量比が1.2:1~3.0:1の範囲であり、ガラス重量の少くとも97%が本質的に70~80%のSiO2、8~15%のCaO、3~8%のNa2Oおよび2~6%のB2O3から成るガラスのマイクロバブル。

2  前記マイクロバブルの密度が0.08から0.8の範囲である特許請求の範囲第1項記載のマイクロバブル。

3  前記CaO:Na2O比が1.2:1~3.0:1の範囲である特許請求の範囲第1項記載のマイクロバブル。

4  前記CaO:Na2O比が少くとも1.9:1である特許請求の範囲第3項記載のマイクロバブル。

5  アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1~3.0:1の範囲の重量比で有し、そして密度が0.08~0.8の範囲であり、ガラス重量の少くとも90%が本質的に70~80%のSiO2、8~15%のCaO、3~8%のNa2O、および2~6%のB2O3から成るガラスのマイクロバブル。

6  前記ガラスが約1.0%までのP2O5および/または1.0%のLi2Oを含有する特許請求の範囲第1項記載のマイクロバブル。

7  前記ガラスが約1.5%までのSO3を含有する特許請求の範囲第6項記載のマイクロバブル。

8  アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1~3.0:1の範囲の重量比で有し、ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70~80%のSiO2、8~15%のRO、3~8%のR2O、および2~6%のB2O3から成るガラスのマイクロバブルであって、前記Rが所定の原子価を有する少くとも1種の金属であるマイクロバブル。

9  前記アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物重量比が少くとも1.9:1である特許請求の範囲第8項記載のマイクロバブル。

10  前記ガラス重量の少なくとも97%が本質的に70~80%のSiO2、8~15%のRO、3~8%のR2O、および2~6%のB2O3から成り、前記Rが所定の原子価を有する少くとも1種の金属である特許請求の範囲第8項記載のマイクロバブル。

11  前記アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物重量比が少くとも1.9:1である特許請求の範囲第10項記載のマイクロバブル。

12  ガラス粒子の自由流動集合体であって、少なくともその70重量%が特許請求の範囲第2項、第5項、第8項、第9項、第10項あるいは第11項の何れか1項に記載のマイクロバブルであるガラス粒子の自由流動集合体。

(2) 訂正審決で訂正された特許請求の範囲第5ないし第9項の記載(訂正前の第5ないし第12項に対応するが、訂正前の第7項、第9項及び第11項が削除され、項番号が繰り上がっている。)

5 アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1~3.0:1の範囲の重量比で有し、そして密度が0.08~0.8の範囲であり、ガラス重量の少くとも90%が本質的に70~80%のSiO2、8~15%のCaO、3~8%のNa2O、2~6%のB2O3、および0.125~1.5%のSO3から成るガラスのマイクロバブル。

6 前記ガラスが約1.0%までのP2O5および/または1.0%のLi2Oを含有する特許請求の範囲第5項記載のマイクロバブル。

7 アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を2.0:1~3.0:1の範囲の重量比で有し、ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70~80%のSiO2、8~15%のRO、3~8%のR2O、2~6%のB2O3及び0.125~1.5%SO3から成るガラスのマイクロバブルであって、前記Rが所定の原子価を有する少くとも1種の金属であるマイクロバブル。

8 前記ガラス重量の少なくとも97%が本質的に70~80%のSiO2、8~15%のRO、3~8%のR2O、2~6%のB2O3及び0.125~1.5%SO3から成り、前記Rが所定の原子価を有する少くとも1種の金属である特許請求の範囲第7項記載のマイクロバブル。

9 ガラス粒子の自由流動集合体であって、少なくともその70重量%が特許請求の範囲第2項、第7項、または第8項の何れか1項に記載のマイクロバブルであるガラス粒子の自由流動集合体。

3 審決の理由の要点(前記のとおり、本件においては訂正審決が確定しているが、以下の審決の理由の要点において、「本件発明5」などと表記しているのは、訂正前のものを指す。)

(1)  本件発明の要旨

前記2(1)のとおりである。

(2)  被告(請求人)の主張

被告は、次の理由により、本件発明1ないし12は、いずれも特許法123条1項の規定により無効にすべきものであると主張する。

本件各発明はいずれも後記引用例(審判甲第2号証=本訴甲第3号証)の発明と同一の発明、あるいはそれに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条1項3号の発明に該当し、特許法29条1項の規定に違反して特許されたもの、あるいは特許法29条2項に違反して特許されたものである。

(3)  証拠及びその記載内容

引用例は、昭和50年8月25日に国立国会図書館に受け入れられた、P.C.Souers外著、「UCRL-51609 FABRICATION OF THEGLASS MICROBALLOON LASERTARGET」1~21頁及び48頁であり、それには以下の記載がある。

a)「ガラスマイクロバルーン製レーザーターゲットの製造」(1頁「標題」)

b)「中性子産出のために設計された最初のLLLレーザーターゲットの製造について記載する。水素ガスを充填したガラスマイクロバルーンをターゲットとして使用した」(1頁「要約の項」)

c)「この種のターゲットの心臓部は、直径70~80-μm、壁厚約1-μmのガラスマイクロンバルーンである」(「ターゲットの説明」の項、2頁左欄下から4~2行)

d)「ニュートロンターゲットの製造において、我々は出発材料として市販の最良のマイクロバルーンを購入しようとした。マイクロバルーンの形態では4種類のみが入手可能である。すなわちガラス、ニッケルマグネシウム、プラスチック及びカーボンである。(中略)このマイクロバルーン型の相対的なメリットを以下に記載する。プラスチックの軽量充填材として2社がガラスマイクロバルーンを製造している。(中略)Emerson&Cumingのガラスマイクロバルーンは、外径が5-300μmで40-80μmが最も一般的である。壁厚は1/2-2μmである。製造方法はホウケイ酸ナトリウムの水溶液スラリーから出発するといわれている。(中略)Emerson&Cumingの基本的ガラスマイクロンバルーンは、3Mのものに近い組成である。つまり、窓ガラスの組成に類似している(シリカ72%含有)。(中略)

3Mのガラスマイクロバルーンは、ガスを固定ガラス粒子に透過させることによって製造されている6。また発泡剤の添加は微量である。出来上ったマイクロバルーンは0.034MPa(5psi)のSO2とO2を含有しているといわれている8。3Mの全マイクロバルーンは、75-80%のシリカとカルシウムとナトリウムを含んでいる点で窓ガラスと化学的に類似している。」(2頁右欄~3頁右欄の「マイクロバルーンシェルへのガラスの使用」)

e)「Ⅱ ガラスマイクロバルーンの組成と予想物性」(6頁標題)

f)「ガラスは、通常金属原子のみが分析されるが、結果は、全成分があたかも酸化物であるかのように酸素と化学量論的に対になっている。実際には、カーボネート、サルフェート、フルオライドが存在する場合がある」(6頁左欄21~26行)

g)「未篩粉ガラスマイクロバルーンのバッチ分析

極めて多数のガラスマイクロバルーンのグレー度があるので、表2にはこの報告書で記述した各バッチをリストした。表3と4には実際に行った全分析の結果をリストした。通常のように簡便さと費用の面から、今までは金属のみを分析した。表5と6は、モル%でオキサイドの主要成分を再リストした」(7頁)

h)「ペンタンを使用する目的は、密度が0.63×103kg/m3より小さいマイクロバルーンのすべてを沈降させることにある」(16頁左欄3~5行)

i)「参照 (中略)

6.W.R.BecK and D.L.O’Brien(3M Co.),固体ガラス粒子を再加熱することによって製造されたガラスバブル、米国特許第3365315(1968年1月23日)」(48頁)

(4)  対比・判断

本件発明のマイクロバブルと引用例に記載のマイクロバルーンとを対比・検討するに当たっては、本件発明を、ガラス重量の少なくとも90%が本質的にSiO2、CaO、Na2O、およびB2O3の4成分から成るとされている本件発明5、8、9、10、11及びそれを含むところの本件発明12と、ガラス重量の少なくとも97%が本質的にSiO2、CaO、Na2O、及びB2O3から成るとされている本件発明1、2、3、4、6、7とに分けて検討することとする。

(a) 本件発明5、8、9、10、11及び12について

(ア) まず引用例に記載の技術内容を検討する。

前掲摘示した事項から、引用例には、3M社が製造したガラスバブルをレーザーターゲットに使用するために購入し、この報告書作成者がその成分を分析したこと、そのガラスバブルは米国特許第3365315号に記載の製造法によって製造されたものであること、発泡剤の含有量が微量であること及びマイクロバブルの密度は0.63より大きいものも、小さいものも存在することが記載されているといえる。

そして、その分析結果は表3等に記載されており、そこに記載の成分は酸化物として存在するものであるから、その表3には、以下に示す事項が記載されているといえる。

<1> B18A P-9151-7のマイクロバブルの組成

SiO274.1%、CaO9.4%、Na2O4.3%、B2O33.9%(RO10.2%、R2O5.11%)

<2> B22A P-9339-9のマイクロバブルの組成

SiO273.0%、CaO9.0%、Na2O5.9%、B2O34.8%(RO9.1%、R2O6.7%)

<3> B35D P-0097-1のマイクロバブルの組成

SiO276.8%、CaO9.1%、Na2O6.8%、B2O32.3%(RO9.5%、R2O7.2%)

(イ) 次に本件発明と引用例に記載のバブルとを対比して検討する。

本件発明5について

本件発明5と、引用例記載のB18A P-9151-7のマイクロバブル(以下「バブル<1>」という。)とを対比する。

引用例の記載からSiO2、CaO、Na2O、及びB2O3の合計量を求めると、それは91.6%ということになる。さらにアルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を求めると1.99になる。またこのバブルの密度が0.08から0.8の範囲にあることも前掲摘示したから分かる。

これらの事実を踏まえた上で、本件発明5と引用例のバブル<1>とを対比検討するに、引用例のバブル<1>は、4成分の合計量が、本件発明5で特定する、少なくとも90%であるとの要件を満たしており、その余の本件発明5で規定する要件をも満たしている。

そして、B22A P-9339-9のマイクロバブル(以下「バブル<2>」という。)及びB35D P-0097-1のマイクロバブル(以下「バブル<3>」という。)についても、同様に対比してみるに、いずれも本件発明5の要件を満たしていることが分かる。

したがって、本件発明5は引用例に記載されている発明と同一ということになる。

本件発明8について

本件発明5の場合と同様に対比すると、引用例のバブル<1><2><3>がいずれも本件発明8の要件を満たしていることが分かる。

本件発明9について

本件発明5の場合と同様に対比すると、引用例記載のバブル<1>のアルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物は前記したとおり1.99であるから、該バブルは本件発明9で規定する要件も満たしている。

本件発明12について

引用例のバブル<1><2><3>が本件発明12に規定する要件を満たしていることは、上述した事項から明らかである。

(ウ) 原告の主張に関して

原告は、書証1ないし13を添付した、被告の研究員であるハリーJ.マーシャルの宣誓供述書である乙第4号証等を提出して、引用例に記載のバブルの組成に関し、「引用例に報告されている分析結果は正しくなく、また当業者であれば正しくないことは容易に認識しうることである」と主張する(審判答弁書6頁13~16行)。さらに本件特許に係るガラスマイクロバブルは、引用例の刊行日より相当後まで製造したことがない旨の主張もする(同6頁13~16行)。

しかしながら、これら原告の主張によって、引用例の分析結果が正しくなく、原告の主張するところが正当であるとすることはできない。

その理由は以下のとおりである。

<1> 原告は本件発明の組成がガラスバブルの組成ではなく、その前段階で生成するガラスフリットの組成であるがごとき主張し(審判答弁書7頁)、それ故に引用例の分析結果が正しいとしても、本件発明は引用例記載のバブルとは別異のものであると主張する。

しかしながら、本件発明はガラスバブルの組成であることは、本件明細書の記載から明らかであり、この主張は明らかに失当である。なお、この点に関しては、その後においても直接撤回するという主張は存在しない。

<2> 乙第4号証に添付された書証4ないし6は、「The Sharp-Schurtz Company」が作成したもので、3M製造のガラスの組成を分析したものであるとするものである。

しかしながら、ここに記載の組成について、宣誓供述書においては、それがバブルの組成であるとの記載も存在すれば、それは原料の組成であるがごとき記載も存在し(翻訳文3頁末行~4頁2行)、一貫性がない。

<3> 該書証4ないし6は、バブルB18Aに関するものであると同書証ではしているようでもあるが(訳文4頁20~21行)、その供述自体明確でない。

またもちろん書証4ないし6の記載自体からでは、その組成が前記バブル<1><2><3>のいずれに関するものか、あるいはそれ以外のものに関するものか明らかでないし、さらにそれがバブルに関するものか、フリットに関するものかも明らかでない。

<4> 引用例に記載のバブル<1><2><3>は米国特許第3365315号による方法で製造されたものであるとされているものであり、この明細書には本件発明のバブルのように、アルカリ土類金属酸化物とアルカリ金属酸化物との比率について、1以上のもの、すなわち、アルカリ土類金属酸化物の含有量の方が高いものの実施例は存在しない。

しかしながら、思想上このようなものを製造することが、同明細書記載の発明の対象となっていることは充分に把握し得るところである。

そして、原告はそれに記載の方法で、引用例記載の組成のバブルが製造できることを否定するに足る事実を提出していない。

<5> 書証10及び12はガラスバブルの分析結果であるとしているが、分析対象の製品がいかなるものであるのか、同書証自体からでは明らかでないし、もちろんその組成がバブル<1><2><3>ものであるとするに足りる事実の開示もない。

<6> いずれにしても、添付されているすべての書証を見ても、書証それ自体からでは、バブル<1><2><3>の組成が引用例に記載のものが正しくなく、誤りであるとすることはできない。

(b) 本件発明1、2、3、4、6及び7について

(ア) まず引用例の記載内容について検討する。

前掲摘示した記載、表3及び表5から、引用例には、以下のことが示されている。

<4> B12AX P-8144-2のマイクロバブルの組成

SiO281.5%、CaO9.4%、Na2O3.8%、B2O33.2%(RO9.8%、R2O4.6%/RO:R2O=2.12)

<5> B15BX P-0745-8のマイクロバブルの組成

SiO280.9%、CaO8.9%、Na2O4.5%、B2O33.2%(RO9.7%、R2O5.3%/RO:R2O=1.83)

<6> B35D P-8705-6のマイクロバブルの組成

SiO281.5%、CaO8.5%、Na2O5.7%、B2O31.9%(RO8.5%、R2O5.9%/RO:R2O=1.45)

(イ) 次に上記本件発明と引用例記載の上記マイクロバブルとを対比して検討する。

本件発明1について

引用例記載のLB12AX P-8144-2のマイクロバブル(以下「バブル<4>」という。)について、SiO2、CaO、Na2O、及びB2O3の合計量を求めると、それは97.9%ということになる。さらにアルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を求めると2.12になる。

これらの事実を踏まえた上で、本件発明1と引用例のバブル<4>とを対比すると、まずこのバブルは本件発明1で特定する、前記した4成分の合計が少なくとも97%であるとの要件を満たしている。そして、その余の本件発明1で規定する要件もすべて満たしている。

したがって、本件発明1は引用例に記載されている発明と同一ということになる。

本件発明2について

本件発明1の場合と同様に対比する。引用例のバブル<4>の密度が0.08から0.8の範囲にあることは前掲摘示したh)から分かるから、バブル<4>は本件発明2で規定する要件を満たしている。

本件発明3について

本件発明1の場合と同様に対比する。引用例のバブル<4>のCaO:Na2Oを産出すると2.48となり、本件発明3の要件を満たしている。

本件発明4について

引用例のバブル<4>が本件発明4の要件を満たしていることは上記(◇本件発明3について)から明らかである。

本件発明6について

バブル<4>が本件発明6の要件を満たしていることは上述のことから明らかである。

本件発明7について

引用例には、出来上がったマイクロバルーンが0.034MPa(5psi)のSO2とO2を含有しているといわれているとの伝聞的な記載は存在するが、その両化合物はSO3ではないから、引用例のマイクロバルーン中にSO3が存在することを示すものではない。

してみると、引用例に記載のバブル<4>は、本件発明7の要件を満たしていることになる。

なお、SO2が存在する原因を検討してみるに、引用例のバブルは前記したとおり米国第3365315号特許発明の技術により製造されたものであり、その特許によれば、該原因は、フリット形成後SO2含有ガスと接触させることによりバブルを形成する際にSO2が残存するか、あるいはガラス原料中に発泡用等のために存在せしめた硫酸塩あるいはSO3が分解して形成されたものであるということになる。

前者の場合には、製品中にはSO3は残存しない。

また後者の場合には、原料中のSO3等がバブル形成時に分解して、SO2が形成されたものであり、この場合にも、引用例のバブルを製造するのに採用された特許発明の手法が、特開昭58-156551号の発明及び本件特許発明とも同様の手法であることからして、特にその含有量が引用例の場合と差異があるとはいえない。

したがって、前記記載があるからといって、各バブル<1>ないし<6>の個別のマイクロバルーンに製造時においてSO3等を発泡剤として使用した場合においても、バブル中でのSO3残存量が1.5%を越えることを示すものでもなく、上記伝聞的な記載について、引用例のバブルを製造するのに利用した特許との関連を検討しても、先の結論は変わるものではない。

(ウ) 原告の主張に関して

本件発明5等に関する先の場合と同様の主張に加え、表5のSiO2の数値が推定値であることから、その分析値によっては、新規性を否定することはできない旨の主張する。

しかしながら、推定値であるとはいえ、このようなガラス組成が引用例に示されていることは事実である。

そして、これらを含めると引用例には、SiO2、CaO、Na、O、及びB2O3の4成分の合計量が91.6%から97.9%のガラス組成が一の米国特許明細書に開示されている技術に基づいて製造されたものであることが示されていることになる。

また本件発明においても、この4成分の含有量が90%の場合と97%の場合で、その作用効果に特に差異があるような記載もない。

さらに、該特許による方法では4成分が97%を越えるようなものは製造できないという事実の開示もない。

その上、書証1ないし13が添付された乙第4号証外の被告提出の乙号証の記載によってもこの推定が誤りであることを示す事実の開示はない。

以上のとおりであるから、被告提出の乙号証によっても、先の結論を失当であるとすることはできない。

したがって、本件発明はいずれも引用例に記載された範囲のものということになり、本件発明は特許法29条1項の規定に違反して特許されたものということになる。

(5)  むすび

以上のとおりであるから、本件発明は、特許法29条1項の規定にも違反して特許されたものであり、特許法123条1項1号に該当し、無効とすべきものとする。

第3  原告主張の審決取消事由

1  本件発明1ないし4について

審決は、引用例に記載のものと本件発明1とを対比して、「本件発明1と引用例のバブル<4>とを対比すると、まずこのバブルは本件発明1で特定する、前記した4成分の合計が少なくとも97%であるとの要件を満たしている。そして、その余の本件発明1で規定する要件もすべて満たしている。」と認定したが、誤りである。

すなわち、引用例記載の<4>のマイクロバブルのSiO2は81.5%、<5>のマイクロバブルのSiO2は80.9%、<6>のマイクロバブルのSiO2は81.5%であって、引用例記載の<4>のマイクロバブルはもとよりのこと、<5>のマイクロバブルも<6>のマイクロバブルも、いずれもSiO2が明らかに80%を超えており、本件発明1が規定する「70~80%のSiO2」という要件を満たしていないので、引用例に記載のものは、本件発明1の要件を充足するものではない。

本件発明2ないし4は、本件発明1の構成要件を備え、さらにそれを限定したものであるから、本件発明1に関する審決の上記認定が誤っている以上、本件発明2ないし4が引用例に記載のものと同一であるとした審決の認定も当然に誤っていることになる。

2  訂正前の本件発明5ないし12について

審決は、訂正前の特許請求の範囲5ないし12の記載に基づいて、本件発明5ないし12の要旨を認定したが、訂正審決が確定したことにより、発明の要旨認定を誤ったことになり、取り消されるべきである。

第4  審決取消事由に対する被告の反論

1  本件発明1ないし4について

本件発明1の特許請求の範囲には、「……本質的に70~80%のSiO2……から成るガラス」との記載があり、引用例記載のマイクロバブルがSiO2の上限値を形式的に超えていることは、原告主張のとおりであるが、引用例記載のバブル<5>は本件発明1のSiO2の上限値80%をわずか0.9%超えるにすぎず、0.9%の相違は本質的な違いではない。

原告は、前記の数値の違いを強調するだけで、上記バブル<5>が本件発明1の効果を有しないと主張、立証をしておらず、0.9%の相違が本質的な違いでないことを自ら認めたものに等しい。

してみると、本件発明1と引用例記載のものとの唯一の相違点は前記SiO2含有量であるから、本件特許の請求項1の発明が引用例に記載された発明と同一であるとした審決の認定に誤りはない。

したがって、本件発明2ないし4についての審決の認定にも誤りはない。

2  訂正前の本件発明5ないし12について

訂正後の本件発明5ないし9は、訂正前の本件発明5、6、8、10及び12の構成に対して、訂正前の本件発明7の構成に記載のSO3含有量を追加したものである。そして、訂正前の本件発明7は、本訴の審理の対象となっている審決において、無効の判断がなされており、訂正審決により追加が認められたSO3含有量については、本件発明7についての判断において審決で既に判断されているから、審決取消訴訟における判断の対象が存在しないとする原告の主張は失当である。

ガラスバブルの製造にSO3ブローイング剤を用いるときには、ガラスバブルのガラス組成中に、例えば0.3~1.0%(甲第4号証の3=特許出願公告昭49-37565号公報)、0.5%(甲第6号証の1=米国特許第3,365,315号公報の実施例5)、0.0125~1.25%(乙第1号証=米国特許第4,391,646号公報)程度のSO3が不可避的に含有されることは、当業者の常識である。

訂正後の本件発明5ないし9の構成において、訂正で追加されたSO3含有量「0.125~1.5%」は、上記甲第4号証の3、甲第6号証の1及び乙第1号証の値と重複し、本件出願時の当業者の常識の範囲を出ていない。

訂正前の本件発明7の構成では、SO3含有量の下限値が規定されていなかったので、審決は上限値のみについて判断したようであるが、SO3がガラスバブルの製造方法に由来して不可避的に含有する物質であって、本件発明のSO3含有量の範囲も常職の範囲を出ていない以上、下限値を含め、この点に特許性の根拠を求めることはできない。

本件訂正は、訂正前の本件発明5、6、8、10及び12の構成に対して、本件発明7の構成に記載のSO3含有量を追加したものであり、形式的には、本件発明5、6、8、10及び12の構成を減縮したものであるから、訂正審決の確定により訂正前の特許請求の範囲に基づいて発明の要旨を認定した点に、審決には形式的な要旨認定の誤りがあるが、SO3含有量が不可避的に含有されるものと区別できず、したがって、訂正前後の発明には実質的な違いがない。

よって、訂正後の特許請求の範囲の記載に基づき発明の要旨を認定しても、審決が引用した引用例と対比して、審決と同旨の理由により審決と同一の結論に達することは明らかである。したがって、上記誤りは審決の結論に影響を及ぼさず、審決を取り消すことはできない。

第5  当裁判所の判断

1  本件発明1ないし4及び訂正後の本件発明9(訂正前の本件発明12の一部)について

(1)  本件発明1の特許請求の範囲の記載は、「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物重量比が1.2:1~3.0:1の範囲であり、ガラス重量の少くとも97%が本質的に70~80%のSiO2、8~15%のCaO、3~8%のNa2Oおよび2~6%のB2O3から成るガラスのマイクロバブル。」というにある。これに対し、引用例に記載のマイクロバブルのSiO2の含有量は、B12AX P-8144-2(バブル<4>)が81.5%、B15BX P-0745-8(バブル<5>)が80.9%、B35D P-8705-6(バブル<6>)が81.5%であり(原、被告間に争いがない。)、これらは、本件発明1のSiO2の含有量を越えるものであることが明らかである。

したがって、本件発明1の構成と引用例に記載のマイクロバブルとの間には、SiO2の含有量において相違があるところ、審決はこの相違点を看過したものとのいうべきである。そして、この看過の誤りは、本件発明1が引用例に記載のものと同一であるとした審決の結論に影響を及ぼすものであることが明らかである。

被告は、引用例記載のバブル<5>は本件発明1のSiO2の上限値80%をわずか0.9%超えるにすぎず、この相違は本質的な違いではないから、審決において、本件発明1が引用例に記載されたものと同一であると認定した点には誤りはない、と主張する。

しかしながら、審決は、SiO2の含有量に関しては、「その余の本件発明1で規定する要件もすべて満たしている。」と判断しているだけで、「0.9%の相違が本質的な違い」か否かについての検討がされたものとは認められない。審決は、本件発明1と引用例に記載のものとの間のSiO2の含有量の相違点を看過したものといわざるを得ず、被告の上記主張は採用することができない。

(2)  本件発明2及び3は本件発明1の要件を引用し、さらに、本件発明4は本件発明3の要件を、訂正後の本件発明9(訂正前の本件発明12)は本件発明2の要件をそれぞれ引用しているから、本件発明2ないし4及び訂正後の本件発明9はいずれも本件発明要件を引用しているものである。

そして、上記(1)で判断したところによれば、審決は、本件発明2ないし4及び訂正後の本件発明9のうち本件発明1の要件を引用する部分についても、引用例に記載のものとの間のSiO2の含有量の相違点を看過したものというべきであり、この看過の誤りは、本件発明2ないし4及び訂正後の本件発明9が引用例に記載のものと同一のものであるとした審決の結論に影響を及ぼすものであることが明らかである。

2  訂正後の本件発明5ないし9について

(1)  本件発明5の訂正前の特許請求の範囲の記載は、

「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1~3.0:1の範囲の重量比で有し、そして密度が0.08~0.8の範囲であり、ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70~80%のSiO2、8~15%のCaO、3~8%のNa2Oおよび2~6%のB2O3から成るガラスのマイクロバブル。」

であったところ、訂正審決により、「……B2O3」の後に「、および0.125~1.5%のSO3」との要件が加わったものであり、これにより、本件発明5は、ガラスのマイクロバブル中にSO3が含まれているものに限定されることになり、訂正前の特許請求の範囲を減縮するものであることが明らかである。そして、本件発明5の要件を引用する訂正後の本件発明6及び本件発明9(上記1の(2)に示した以外のうちの一部)も、同様に訂正前のものの特許請求の範囲を減縮するものである。

(2)  本件発明7の訂正前の特許請求の範囲の記載は、特許請求の範囲第8項に対応するものであり、

「アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を1.2:1~3.0:1の範囲の重量比で有し、ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70~80%のSiO2、8~15%のRO、3~8%のR2O、および2~6%のB2O3から成るガラスのマイクロバブルであって、前記Rが所定の原子価を有する少くとも1種の金属であるマイクロバブル。」

であったところ、訂正審決により、「アルカリ金属酸化物を1.2:1~3.0:1の範囲の重量比で有し」が「アルカリ金属酸化物を2.0:1~3.0:1の範囲の重量比で有し」と訂正され、また「……B2O3」の後に「、および0.125~1.5%のSO3」との要件が加わったものであり、アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比の数値範囲を限定し、ガラスのマイクロバブル中にSO3が含まれているものに限定されることになって、訂正前の特許請求の範囲を減縮するものであることが明らかである。そして、本件発明7の要件を引用する本件発明8及び9(前記(1)以外のもの)も、同様に訂正前のものの特許請求の範囲を減縮するものである。

(3)  そして、特許を無効とした審決の取消しを求める訴訟の係属中に訂正審決が確定し、これにより特許請求の範囲が減縮された場合においては、訂正後の発明が特許を受けることができるかどうかは、審決を取り消した上、改めてまず特許庁における審判の手続によって審理判断されるべきである(最高裁平成7年(行ツ)第204号平成11年3月9日第三小法廷判決)から、訂正後の本件発明5ないし9に対応する訂正前の本件発明5ないし12についてした審決も取り消されるべきものである。

第6  結論

よって、審決を取り消すべく、主文のとおり判決する。

(平成11年6月17日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

理由

1. 手続の経緯・本件発明の要旨

本件審判の請求の要旨は、特許第1627765号(昭和63年1月11日出願、平成3年11月28日設定登録)の明細書を審判請求書に添付した訂正明細書の通りに訂正しようとするものであって、その訂正の内容は次のとおりのものである。

<1>願書に添付した明細書(以下、「明細書」という)第2頁第3行~同第4行(特公平2-27295号公報(以下、「公報」という)第1欄第20行~同第21行)「および2~6%のB2O3」を『2~6%のB2O3、および0.125~1.5%のSO3』と訂正する。

<2>明細書第2頁第8行(公報第2欄第1行)「1」を『5』と訂正する。

<3>明細書第2頁第9行~同第10行(公報第2欄第3行~同第4行)を削除する。

<4>明細書第2頁第11行(公報第2欄第5行)「8」を『7』と訂正する。

<5>明細書第2頁第12行(公報第2欄第6行)「1.2」を「2.0」と訂正する。

<6>明細書第2頁第15行(公報第2欄第8行~同第9行)「および2~6%のB2O3」を『2~6%のB2O3及び0.125~1.5%SO3』と訂正する。

<7>明細書第2頁第18行~同第20行(公報第2欄第12行~同第14行)を削除する。

<8>明細書第3頁第1行(公報第2欄第15行)「10」を『8』と訂正する。

<9>明細書第3頁第3行(公報第2欄第17行)「および2~6%のB2O3」を『2~6%のB2O3及び0.125~1.5%SO3』と訂正する。

<10>明細書第3頁第5行(公報第2欄第19行)「8」を『7』と訂正する。

<11>明細書第3頁第7行~同第9行(公報第2欄第20行~同第22行)を削除する。

<12>明細書第3頁第10行(公報第3欄第1行)「12」を『9』と訂正する。

<13>明細書第3頁第12行(公報第3欄第3行)「8項、第9項、第10項あるいは第11」を「7項、または第8」と訂正する。

<14>明細書第5頁第1行~同第2行(公報第3欄第31行~同第32行)に「、結果として生じる生成物」とあるのを、『ガラスバブルの生成』と訂正する。

<15>明細書第8頁第13行(公報第5欄第14行~同第15行)に「組成物であって前出の成分が前記ガラス」とあるのを『ガラスバブルであって、前出の成分が前記ガラスバブル』と訂正する。

そこで、これらの訂正事項について、検討すると、上記訂正事項のうち、<1><6><9>の訂正は、訂正前の明細書における、発明の詳細な説明の記載に基づいて、ガラスのマイクロバブル中にSO3が含まれているものに限定したものであって、特許請求の範囲の減縮を目的としたものに該当する。

<5>の訂正は、訂正前の明細書における、発明の詳細な説明の記載に基づいて、アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物の比についてその数値範囲を限定したもので、特許請求の範囲の減縮を目的としたものに該当する。

<3><7><11>の訂正は、請求項を削除する訂正であって、特許請求の範囲の減縮を目的としたものに該当する。

また、<4><8><10><12><13>の訂正は、前記特許請求の範囲の請求項の削除に伴う訂正であって、明瞭でない記載の釈明を行うことを目的とした訂正に該当する。

<14><15>は、明瞭でない記載の釈明を行うことを目的とする訂正に該当する。

更に、<2>の訂正は、誤記の訂正を目的とした訂正に該当する。

そして、前記各訂正は、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではなく、また訂正後の特許請求の範囲に記載された事項により特定される発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができない発明でもない。

したがって、本件審判請求は、特許法第126条第1項第1号~第3号に掲げる事項を目的とし、かつ、同条第2項、第3項及び第4項の規定に適合する。

よって、結論の通り審決する。

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